過去の設問への解答

さて、復帰第一弾として8月26日付「人生の意味だとか生きる理由だとか」及び8月27日付「人生が無意味なら、社会に意味はあるか?」に一人突っ込みを入れてみようかと。後者で最後に半ば以上厭味の篭った皮肉として出した設問に関しては結局評価は頂いたものの、回答はいただけなかったので自分で回答してみることに。

さて、設問というのはこんなものでした。

「この世に物質が存在する意味・理由とは何ですか? 物理学的経緯・宗教といったものを論拠とせずお答えください」

自分で出しておいて言うのもなんですが、回答は非常に困難です。書いた当初に「な、答えられないだろ? お前の言ってる意味なんてその程度のものなんだよ」という厭味を大量に混入させた覚えがありますし、私の今までの発言からしても世界そのものに意味なんてものは内在しない(空意味である)と言い切ってしまっている訳ですが、敢えて回答します。

追記にもありますが、意味を問うには意味を与えている存在が必要です。此処ではこの文章を書いている私こと算術師を定義者とします。解釈者はこの文章を読んでいる私を含めた皆さんとします。無論私が回答する以上、私以外を定義者として設定は出来ないのですが。

私から見て物質が存在する意味ですが、これは世界の存在基盤です。

私達の世界は、物質無しには存在できない訳ですから、それなりに妥当でしょう。世界と個人はどのような関係かと言えば、さながら個人があるPCで動いているプログラムとすれば世界はインターネットのようなものです。もっと言えば、物質とはハードウェアとしてのPC(シリコン上の電子を命令どおりに振舞わせる存在)であり、ハードウェアとしてのネットワーク(要するに無数のノードとリンクの集合体の上で飛び交う信号)である訳です。

ソフトウェアはPCのCPU内でどのように動作するか という事に関して概ね無知です。もっと言えば、ネットワークがどのようにデータをやり取りしてるかについても殆ど知りません。(無論、これはそのようにソフトウェアを作成することが可能なようにネットワークやプログラミング言語などが階層化されているから に他なりませんが)勿論、世界・物質が人間を生み出し生かす為にあるのか不明である(まぁ、九分九厘人間の為に世界があるのでは無いでしょうし、もし何かの目的で人間が生み出されたならその目的を設定した何者かが存在る訳ですが、その存在は何を意図したのか? とかいう話になり結局宗教になるので割愛)と異なり、インターネットやPCのハードウェアはソフトウェアを動かす為にデザインされているのですが。

生み出された経緯や条件が異なるとは言え、ネットワークがソフトウェアレベル⇔デバイス制御レベル⇔電気的な動作レベルと階層化されているのと同じく、人間の意識は肉体⇔間隔⇔精神と階層化されています。とすれば世界とは、私というメタな存在が間接的にとは言え接触して情報を入出力される対象である訳であり、物質とはそれを構成する要素であり同時に入出力を与える対象である訳です。

まぁ、だから私にとっての意味は存在基盤であり内部を構成するものであり内部が連続的に接続している外部なのだろう と。…そのまんまですが。

では如何な意義があるかと問われれば単純に物質は私達が意味を解釈し、アクションを与える基盤を与えているだけであるのでこれ自体には如何様にでも意義をを与えて良かろう と思います。私にとって先天的な意義があるとすれば意味として与えたとおりの意義であり、それ以上の意義は私が任意に定義して良いものだろう ということです。丁度古典的な油彩画も前衛的な抽象絵画も同じキャンバスに描くのも自由なように、世界は冷酷であると定義するのも世界は何も考えて無いと定義するのも自由な訳ですから。