添削テスト
暫く前に買ったは良いものの放置しっぱなしの純粋理性批判を手にとって見て、「あれは原典を当たった方が幸せになれるよ」と知り合いが言っていたのを改めて納得する。
例えば第一版序文の書き出しを引いてみれば、
人間の理性は、或る種の認識について特殊の運命を担っている、即ち理性が斥ぞけることもできず、さりとてまた答えることも出来ないような問題に悩まされるという運命である。斥けることが出来ないというのは、これらの問題が理性の自然的本性によって理性に課せられているからである、また答えることができないというのは、かかる問題が人間理性の一切の能力を越えているからである。
はい、典型的なドイツ語直訳の悪文です。確かにこの文章をさらっと理解できる人は頭良いかも知れませんが、この文で示唆すべき本質である哲学的な問題とは無関係なところにリソース割いて喜ぶのは本質見失ってます。
と言う訳で、順序だてて読みやすい文章にしてみようと思います。
手順1:文の長さを適切にする
引用した文は、一文一文が凄い長いです。そして読点で切っているのに文章が接続形になってません。前後で接続されてないと不気味なのもありますし、長すぎる文は文章自体の論理構造を無駄に複雑化してしまうというのもあって詰めてみます。寧ろ信仰上の問題で不気味な文章は許せないので細切れにします。
人間の理性は、或る種の認識について特殊の運命を担っている。即ち理性が斥ぞけることもできず、さりとてまた答えることも出来ないような問題に悩まされるという運命である。斥けることが出来ないというのは、これらの問題が理性の自然的本性によって理性に課せられているからである。また答えることができないというのは、かかる問題が人間理性の一切の能力を越えているからである。
手順1.5:言い回しを現代風にする
特殊の運命:特殊な運命
即ち:つまり
さりとて:かと言って
斥ける:避ける
かかる:この種の
担っている:抱えている
言い回しで拒絶反応を感じる人もいるので、少し現代風にしてみます。置換するのも面倒なので、手順2で更新。
手順2:主語・目的語を整理する
原文では1文目は理性が問題に悩まされる運命について言及しているのですが、2文目になると今度は理性が問題を扱えない理由について述べています。つまり2文目の主語は「理性」で目的語は「問題」になります。これくらいは文脈から解るかも知れませんが、明示したほうが理解を容易にするでしょう。
人間の理性は、或る種の認識について特殊な運命を抱えている。つまり理性が避けることもできず、かと言って答えることも出来ないような問題に悩まされるという運命である。理性が問題を避けることが出来ないというのは、これらの問題が理性の自然的本性によって理性に課せられているからである。また理性が問題に答えることができないというのは、この種の問題が人間理性の一切の能力を越えているからである。
手順3:冗長・多義的な言い回しを避ける
冗長な言い回しや多義的な言い回しは論説文で用いるには不適格だと思います。この文で扱うべきは哲学的問題であって意味の解釈に無駄なリソースを割かせることではないはず*1なので、一意に取れる言い回しへと置換してみます。
例えば、上記の文2文目の「答えることも出来ないような」の「ような」は次の解釈が存在します。
- 不確かな断定(答えることも出来ないかもしれない)
- 類似(答えることも出来ないものに似た)
- 例示(答えることも出来ない類の/出来ないタイプの)
- 婉曲表現(答えることも出来ない)
後半を読めば原因が断言されているので、不確かな断定はありえないことが明らかになるので婉曲か例示になります。明らかに文意が破綻するので、類似もありえません。どちらで解釈しても大意はさほどぶれませんし正直このパラグラフだけ読むと問題が単一なのか複数存在するのか判然としないので、例示の対象になるかはっきりしません*2。
いずれにしても一意に解釈できる言い回しが存在するので、安易に「ような」を使わずにそれぞれに合った言い回しへの置換が有効です。特に婉曲表現の場合無くなっても意味が変化しないので思い切ってばっさり捨ててしまうのも有効です。
また、この文では「という」が非常に多いですが、これは無くても意味が通る冗長表現なので除去しても良いでしょう。但し2文目の「悩まされるという運命」の「という」は同格表現なので排除しない方が望ましいと思います。
以上を実行するとこのようになります。
人間の理性は、或る種の認識について特殊な運命を抱えている。つまり理性が避けることもできず、かと言って答えることも出来ないタイプの問題に悩まされるという運命である。理性が問題を避けることが出来ないのは、これらの問題が理性の自然的本性によって理性に課せられているからである。また、理性が問題に答えることができないのは、この種の問題が人間理性の一切の能力を越えているからである。
手順4:接続詞の検証・補完
必要に応じて接続詞を検証・補完すると良いかもしれません。
例えば逆説なら前後で想定される意味が逆になっているかとか、順接で意味が逆転していないかなどは検証しておかないと引っ掛かりを感じるものになるので手抜きせずに検証することが望ましいです。
手順5:文章の再統合
場合によっては小さく切り過ぎた為に文意を損ねてしまいかねない箇所を直しておきます。
例えば上の文では3文目と4文目が2文目で列挙された問題の注釈となっているので、それに倣って列挙に変更します。主語が同一なので1回で済ませることにしました。
人間の理性は、或る種の認識について特殊な運命を抱えている。つまり理性が避けることもできず、かと言って答えることも出来ないタイプの問題に悩まされるという運命である。理性が問題を避けることが出来ないのはこれらの問題が理性の自然的本性によって理性に課せられているからであり、問題に答えることができないのはこの種の問題が人間理性の一切の能力を越えているからである。
係り受けの形をもう少し統合するとこうなります。
人間の理性は、或る種の認識について理性が避けることもできず、かと言って答えることも出来ないタイプの問題に悩まされるという特殊な運命を抱えている。理性が問題を避けることが出来ないのはこれらの問題が理性の自然的本性によって理性に課せられているからであり、問題に答えることができないのはこの種の問題が人間理性の一切の能力を越えているからである。
もっと統合して1文に全て押し込むことも出来ますが、正直1文に詰めるべき量を超えている気もします。主語のねじれが解消されているので人によっては読みやすいと思うかもしれません。
人間の理性は、或る種の認識について理性が理性の自然的本性によって理性に課せられために避けることもできず、かと言って人間理性の一切の能力を越えているために答えることも出来ないタイプの問題に悩まされるという特殊な運命を抱えている。